合併症について〜耳鼻科〜

耳鼻科の検診に行ってきました。

新生児聴力スクリーミング、左耳不合格のため要精密検査

まず、ダウン症の子は穴という穴が小さく坊ちゃんも耳、鼻、涙点が小さくちょくちょく問題を起こします。

紹介状をうけまずは診察。
そしてスクリーミングをしましたがやはり左耳の反応が悪い。

なおかつやはり耳の穴がすごく小さいとの事でした。
そのため、成長を待ちましょうとの判断。

生後半年になったら再検査をする事になりました。
その際はABR(脳波)検査をしますと言われました。

私としては耳が聞こえないのかもと心配はあったものの
片方が聞こえているならそれでいいとも思っていました。

そして生後半年になりABRを受けました。

この検査、本当に動いてはダメらしくいつもの眠剤プラス座薬の眠剤もプラスで投与されました。

眠剤が効きすぎてサチュレーションが下がり、先生もばたばた慌てだし。
酸素ボンベまで運ばれてくる始末。

もしかしてって恐ろしくて、私は病院に対して何してくれてるんだ!!!と本当怖かった。

結局ベッドで寝かす状態では酸素濃度が低すぎて脳波がとれず、諦め始め私が抱っこさせてもらったところ、まさかの酸素濃度安定!!

眠剤が効きすぎて舌が下がりすぎていたのだろうという事で抱っこで再検査。

これがまたキツイ(笑)

できるだけ身動きをしないでくれと。
しかも少なくとも30分。

えぇぇぇぇぇ!!

となりましたが、そりゃ我慢しますよ。
我が子のためならと母ちゃん頑張りました。

腕はプルプルでしたけどね!


で、結果はいちおう聞こえている、とのことでした。

いちおうというのが、高い音と低い音が聞き取りずらい状況であるそうです。

ですので、また1歳を迎えたら検査をしましょうと言われました。

んー、なんとも言えませんが大きい音などに反応はしてくれているのでとりあえずまぁ大丈夫かな?と。

次はまた半年後です。



にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村



スポンサーサイト

合併症について〜循環器〜

産院で紹介状をもらっていたので、心臓と耳鼻科を受診する事に。

まず、電話で問い合わせをしました。

循環器はすぐに予約がとれましたが
耳鼻科は1ヶ月以上先・・・びっくり。

心臓をみてもらったんだけど、小児科の先生が言われていた通り
6mmの穴があいていました。

病名は『心房中隔欠損症』

そして少し肺高血圧があるとの事でした。

穴があいている事で肺高血圧になっているのか、先天的に肺が悪いのかはまだこの数値ではわからないとの事。

数値は早急に手術をしなくてはいけないっていう状況ではないので
経過観察をしていきます、との事でした。

半年くらい数値をみて、手術するかしないか判断をしますと言われました。

とりあえず、自然に穴が塞がり、肺高血圧もなくなるのが一番なので
何もなく自然に塞がりますように・・・

次はまた来月!

でもこの検査、心電図をとったりするので眠薬を使わなくちゃいけない。。。

赤ちゃんに使っても大丈夫なものなんだけど、やっぱり飲ませたくないよね。
シロップみたいなのなんだけど毎月飲ますのかと思うと憂鬱になる。

坊ちゃんごめんよ。あなたを無事に健康に産んであげられなくて。
こんな事しなくていいはずなのにね。

病院に行くと本当に色んな子がいる。
もちろんダウン症の子も。

初めていったけど、やっぱりなんか辛かったな。

他のダウン症の子をみると、こんな風になるのか、とか、顔見たらやっぱりわかるんだよねって現実をつきつけられて辛くなっちゃう。

まぁ絶対に逃げれない現実なんだけど、それならそのときがくるまで知りたくないとも思ってしまう自分はまだ受け入れられてないし、やっぱり一番の差別者なんだな、と実感。

そんなつもりなかったんだけど、思い知りました。

息子よ、それを教えるために君は産まれてきたのかい!?
ごめんよ、未熟者で。。。

でも、そんな未熟者の私なんかと目が合うとどの子もニコニコ笑顔を向けてくれる。
かわいいのだ。

がんばろう。

よし。次は耳鼻科だ!



にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村


染色体検査の結果

1ヶ月検診の際に、ダウン症の疑いを告知され、
染色体の検査をお願いしました。

結果は約2週間くらいで結果が出たと連絡をもらった。

そのときすでに里帰りから戻ってきていたので、その週末、夫婦で産院のある地元へ。

産院併設の小児科の待ち合いで待たされ、別部屋へ通された。
重々しい空気の中
とりあえず、結果から話をしてもらった。

まぁ、結果が出たという電話報告の時点で、いつ来れますか?って聞かれたので
その時点で、やっぱりそうだったんだって思ってたんだけど、実際に先生から

21トリソミー
ダウン症です。


と宣告された時はやっぱり辛かった。

色々な事を説明され先生から言われた事をここに記します。

この子たちは可能性を秘めています。
両親がどこまでこの子にしてあげるかで、どこまでものびるのびしろを持っていますよ。
出来る限り関わってあげてください。すごく明るくいい子ばかりですよ。

でも、至る場面で他の子と比べてしまう事が出てくると思う。
でも、比べなくていいんです!どんな子の親でもやっぱり比べてしまう事があると思うけど
一人一人違うんだから。ゆっくりでいいんです。ゆっくり育ててあげてください。

親が焦っても何も変わらないんだから。

でも、お母さん。
家庭はお母さんが元気で明るくないとうまくいかないんです。
男は変化に気づきにくい生き物だから、辛くなったらお父さんに伝えて下さいね。
実家に帰るなり、自分一人で抱え込まないでね!
お父さんも出来るだけ話を聞いてあげて下さいね。


と話してくれました。

なんだか、その話を聞いて少し安心しました。
なんか、がんばろうって。出来る事出来るだけしてあげようと。


そして、息子の体の事も説明を受けました。

ダウン症の子は、半数の子が合併症を持って産まれてくるといわれているとの事。

息子は、φ5mm前後の穴が心臓にあいていると思うとの事で、
大きい病院の紹介状を頂きました。

また、新生児聴覚検査もスクリーニングテストで左耳のみ合格をもらえず
要精密検査との事でこちらも紹介状を頂きました。


結果が出るまでの毎日は辛くてしょうがなかったけど、
結果が出てしまったいま、少しずつ前を向かなくちゃと思った。

また、ここの産院の小児科の先生がすごく親切で、
息子の療育について福岡県の保健センターかな?どこかに電話をしてくれていた。
土曜日だったこともあってその日は連絡がつかなかったみたいだけど
週明け、小児科の先生から直接電話があり、私の家の近くの療育センターの連絡先を教えてくれた。

そして福岡県のいろいろな地区のダウン症子育てサークルや相談所などの資料を印刷してくれていて束でもらいました。
わざわざ本当にありがたかった。

ダウン症である事はもう間違いない訳だし、
心臓に穴があるのはしょうがないにしてもその他の部分で何もない事を祈ろう。

これ以上この子に負担をかけないであげてほしい。

がんばれ息子よ!
そして一緒にがんばろう!


にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村





自分の家族

私の家族への報告
私は3人兄弟の真ん中っ子。

兄と妹がいます。


そして妹はアメリカに住んでいるのでline電話で報告。

毎回のごとく、ダウン症だった
その言葉を発するだけで、涙が止まらない。

妹は、
大丈夫、話せるし、歩けるし、走れるし、なんでもできるじゃん!
泣いてたら坊ちゃんがかわいそうだよ!!

差別を恐れちゃだめだよ!
こっちにいれば日本人ってことで私だって差別されてるんだから!
両親がしっかりしていれば大丈夫!

と。

そう、すべてその通り。

坊ちゃんは何も悪くないんだもの。
泣いてちゃかわいそうだよね。

子供が欲しくてもできない人もたくさんいる、出来た事が奇跡、産まれてきた事が奇跡なんだよね。

差別は誰しもがきっとどこかでされている事。

そうだよね。

でもね、一番の差別者が実の母親なんだよ。
まだ受け入れるのに時間がかかっているのよ。ごめんよ坊ちゃん。

妹がすごくたくましく頼りになると初めて思った日でした。

そしてすぐ、妹はアメリカから急遽帰国してくれた。

妹が帰ってきてた、その1週間すごく心強かった。
息子の事をすごく可愛がってくれて嬉しかったな。

妹が帰国して、みんなでご飯をしようとなったとき、兄にも報告した。

兄もびっくりはしていたけど、兄の所属する草野球チームの仲間の子供さんにも
ダウン症の子がいるらしく、特に動じてはいなかったのがびっくりだったな。
なんか、意外だった。

それでも皆、息子のことを抱っこしたりあやしたり、
その光景をみるだけで嬉しかったしすごく幸せだった。

家族ってやっぱりいいなって。

だからこそ、やっぱり坊ちゃんにも必ず兄弟を作ってあげたいと思った。

出来れば、の話だけど。

新たに産まれる兄弟たちには色々と負担となる事も多々あるだろう。

けど、少しでも負担を軽くできる様、息子をきちんと育てあげなくては。

自活できるよう、ゆっくりじっくり時間をかけて
私が親として、出来るだけの事をしてあげよう。



にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村



旦那の家族

旦那の実家、家族には旦那から伝えてもらった。

受け入れてくれるか一番不安だった。

旦那から両親に伝えたよと報告を受けた後、すぐに義母からメールで

検診で告知をされた時の気持ちを思うとなんと励ましたらいいか言葉が見つかりません。でも、何があろうと私たちも力になります。1人ではなく、みんなで見守って行こうね。

私の事を先に気遣ってくれて、張りつめた気持ちが一気に楽に、
義母の気持ちがすごく心強かったし、この家に嫁げて本当に良かったと心から思いました。

坊ちゃんを受け入れてもらえなかったら、実家に帰ろうと、少しながら考えていた私。

でも皆はすごく優しくて、その優しさを感じるだけで涙が溢れた。

絶望感しかなかった毎日に、
周りの人たちが一段ずつ明るい未来への階段を作ってくれている様だった。

私は本当に周りの人に恵まれているんだって気づけた。
これもそれも坊ちゃんのお陰かな。

この家族がいてくれたら坊ちゃんは幸せだろう、幸せになれるだろうと思ったのでした。


にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村


旦那

1ヶ月検診でダウン症と告知されて、すぐに連絡をした。

でも、言葉にすることで現実となり、悲しみ?不安?がこみ上げて泣きまくる私。

旦那は坊ちゃんをそばて見ていなかったから、
そんなことないよ!ありえない!と、やはり受け入れられてなかった。

その頃からよくよく思い返すと、坊ちゃんの哺乳力のなさ、泣けない、体力のなさ、首の太さ、目のつり上がり方、耳の形、などダウン症によくある特徴があったので私と母親は、やっぱりそうなのかも、と納得しながらも少ない希望にかけていた。

1ヶ月検診の際に告知を受け、すぐに染色体異常の血液検査をしてもらっていた。

結果が出るまでが一番辛かった。

結果がでるまで毎日泣きまくっていたので毎日旦那が心配して連絡をくれていた。

旦那は、
大丈夫、誰も悪くない!俺らは何も悪いことなんてしてないやろ!泣いても仕方ないし、母親なんだから強くなりなさい!と励ましてくれていた。

で、必ず、『坊ちゃん、かわいい?』と聞いてくれていた。

この質問で、かわいい。と答える度に
ちゃんと母親になってるんだな、と実感してたし、
その答えを聞いて、旦那が喜んでいた。


あの言葉、例の赤ちゃんは親を選んでくるってやつ。

これが本当ならば、きっと坊ちゃんは旦那のことを選んできたんじゃなきかなと私はひそかに思ったのでした。

旦那もきっと色々きつかったと思う。
でも、旦那がいてくれたからこそ前向きになれた部分もある。

そんな旦那の第一子、普通の子供をだっこさせてあげたかったし、普通の子育てをさせてあげたかった。


にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村


告知後

やっと会えた我が子。

毎日毎日顔を見るだけで幸せで、

これからどんな子供になるんだろう~
旦那はどんな風に接するんだろう~

なんて毎日色んなこと考えてたなー。

大きくなったらスポーツするのかな?
野球?サッカー?
どっちも応援大変だなー焼けちゃうな~!

なんてしょうもない事、思っていたけど

そんな些細な夢でさえ叶えられないのかもと絶望を感じた。


・・・私はなんて子を産んでしまったんだろう。


将来どうなるの

学校は?
友達は?
就職は?
親が死んだら?

わからないことだらけ
不安でしかない

毎日自分を責めて泣かない日なんてなかったし、1人になると涙が止まらなかった。

なんでこの子を無事に産んであげられなかったんだろう。

告知を受けてから

どうすればなかった事にできる?
どうすれば手放せる?
赤ちゃんポスト?
里親?

なんで産まれてきたの?

息子の顔見るたびに涙が出る。

最低だけど本気で
このまま口を塞いでしまえば楽になれるかな。
なんて思うこともあったりした。

毎日、毎日、

なんで私?
なんでこの子?

なんでなんでなんで

涙が止まらなかった。

親を選んできてくれるんだよって言葉があるけど、
そんな事、絶対ない
ただの慰めでしかないと思ってた。

そんなの選ばれたくなかったし
普通の子を育てたかった。

染色体異常の場合、約8割が流産や死産となるという事を知った時、

なんで流産しなかったんだろう
なんで死産しなかったんだろう

なんて本気で思った最低な母親。

でも本当に毎日そんなことを思ってしまうなか、

私を求めて泣く坊ちゃんを可愛くないなんて思えなかった。
私を信じて私を必要としてくれる坊ちゃん。

だから、そんな事思ってしまった罪悪感でまた泣く。

そんな日々が続いていた。

でも、

坊ちゃんは何も知らない。何も悪くない。

障害のある子に対して一番差別していたのは母親の私自身。

こんな母親でごめん。

ずっと会えるのを楽しみにしていたのに、勝手だよね。

産んだのは私なんだから、と
義務感を拭えないままだったのが正直なところ

いつかきちんと、『産まれてきてくれてありがとう』と言える様

頼りない母親だけど頑張るからね!



にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村


告知


前記事にも書いた様に、
私が産んだ産婦人科は母乳育児推奨です。

坊ちゃんがおっぱいを飲む事が出来なかったため、
私は毎週かならず母乳外来の予約を入れられていました。

私だけ毎週呼ばれてる様な、、、

と、不思議な思いはあったけど
母乳外来、来てる人もいっぱいいたのであまり気に止めませんでした。

でも毎日大変だったな。

寝てばかりの坊ちゃん。

お腹がすこうが泣きもしない。

毎晩アラームを3時間おきにセットし、
哺乳瓶で母乳を飲ませてあげる。

でもまたこれが、飲めない飲めない。

ちょーっとの量を1時間かけて飲む→飲みながら体力消耗する→飲んでる間も寝てる

で、飲ませたら、また搾乳してーとかしてると寝る時間なんてほぼなし。

なんでだろう。
なんでこんなに大変なんだろう。

って疑問ばっかで友達に聞いても

そんなだったよー!
そのうち飲めるよー!

なんて言われてたので
なんの疑いもなくそうなんだ!
大きくなって力がつけば飲めるんだ!

子育てなんて人それぞれなんだろうな〜

なんて呑気に思ってた

で、そんなこんなで1ヶ月検診を迎え
母親と一緒に検診へ

私の体は順調に回復。

坊ちゃんはというと、

体重も500gしか増加しておらず、あまりにも増えていなかったけれど、毎週母乳外来にきてたからみんな知っていた事だったので励まされるぐらいでした。

その後、小児科での診察。

先生が坊ちゃんを診察しながら、、、

ちょっと筋力が弱いんですよね〜・・・

 あと、ダウン症の疑いがあります。


・・・え!!!???

今、なんて言いました!?!?


もう、頭は真っ白。パニック


何が起きたか分からず言葉は出ないし涙も出なかった。

まさかの状況に唖然とするばかり
というか思考回路が停止状態

なんか色々説明されたけど今となってはなんて言われたかも思い出せない。

きっと辛いことは忘れ様と
脳がしてくれてるのかな?w


でも言われるがまま、
染色体の検査をお願いしました。

坊ちゃんはそのまま検査の採血等があったので
待合室に私だけ戻り、待っていた母親に

ダウン症の疑いがあるんだって。。。

伝えたとたん涙は止まらず、号泣。

助産師の方も私のところにきてくれて

大丈夫、とっても可愛く育つわよ。大丈夫。大丈夫。

と背中をさすられながら
何度も励まされたんだけど

その時の私は、

そんな事、確定する前から言うなよ!!
もうみんな確定だと思ってるんだ!!!

と思ってた。

産婦人科の人達みんな、
敵かのような気持ちになっていた。

これが私への告知。
1ヶ月検診での出来事でした。


つづく


にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村





入院中


私が産んだ産婦人科は母子同室

産んだ後、数時間赤ちゃんは私のところにこなかった。

でもこれまたそれが普通だと思っている私は
寝かせてもらおうとちょっと寝ました。

で、やっと坊ちゃん戻ってきて
同じベットで横になり
まだ信じがたい自分の子供を横に

可愛いなぁー
本当に産んだんだー

小指が曲がってるなー
耳がペシャンコだなー
やっぱ丸顔だなー
いつも寝てるなー

とか、思ってました。

でも何度も言いますがそれが普通だと思ってる私はあまり気にもとめてませんでした。

ただ本当にミルクの飲みが悪く
毎日産後うつかの様に泣いてたなー

なんで飲めないんだろう。。。て

それに反しておっぱいはパンパンに
張っちゃって痛いのなんの

なんか、おっぱい出るのに飲ませてあげられない私がダメな母親、みたいな勝手な思いで入院中結構辛かったなー

横のお母さんはきちんと飲ませてあげられてるし、赤ちゃんも飲んでくれてる

うちの坊ちゃんくわることすらできてない。。。

って授乳室に行くのも嫌だったな

私だけいつも搾乳機からの哺乳瓶
足りない分はミルクで補充

お互い初めてだからなんだって言い聞かせてたけど、
違ったんだよね。

本当にただただ飲めなかった、
ダウン症だから。

そんな事は知らずにずっと

なんで飲めないんだよ!!
坊ちゃんの下手くそー!!

なんて思ってました。

しかも産婦人科が母乳育児推奨だったので、
ギリギリまでミルクは出してくれなかったので
本当におっぱい問題はキツかった。

そしてまぁ、そんな毎日を過ごしながら退院となるのですが、
坊ちゃんは黄疸もあり、入院中に光線治療を1度受けていました。

その黄疸があるので1週間後また来てくださいと言われ無事に退院させてもらいました。



つづく


にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村


出産


陣痛から出産まで、約9時間!
病院についてからは4時間で産まれてきてくれました。

初産のわりに安産だった様です。

死ぬかと思ったけど。

出産後、なかなか赤ちゃん泣かないな、と思ったら

びぇーっっ!!

泣き声が聞こえてホッと一安心。

(いま思うと、か細いし一声しか泣かなかったなと思い出しますがその時は出産後だし初めてだし、よくわかってなかったな)


そして横に連れてこられた我が子は
えらく丸顔で、しかも楕円ぎみ(笑)

どっちに似たの!?と思いつつ、
髪の毛の多さにビックリ(笑)

なんか気持ち悪いな、
でもこれが我が子なのか〜なんて。

何もかもわからなかったし、
それが普通だと思っていた

私はなにもわかりませんでした。

ただ、この時立ち会った母親は
何かおかしいと思った様です。

でも自分の出産も三十数年も前なので
忘れているだけかな、こんなもんだったかな、
と、気に止めなかった様です。


つづく


にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村


妊娠


私の場合を書かせてもらいます。

入籍してから結婚式まで約1年ありました。

結婚式の1週間前にまさかの妊娠発覚!

元々私は生理不順で悩んでまして、結婚式が終わったら妊活の予定をしていました。
そのため、先に産婦人科で3ヶ月ためた基礎体温表を持って行ったところ
無排卵?の可能性が高いので、妊娠を希望するなら排卵誘発剤をしましょう、と言われてました。

ですので自然妊娠していた事に夫婦で驚きと喜びがありました。

妊娠期間は特に何も問題なく経過。

ダウン症の子は約半数の子が合併症をもって産まれてきます。
なので、小さく産まれる子が多いそうです。

ですが、うちのペンギンくんは大きく育っており
予定日よりも早く産んだ方が良いよと言われるぐらいでした。

大きさをみて、産婦人科の先生は

37週に入ったら予定日が来たと思って良いからね!毎日運動して下さい!と言われていたので37週に入ってからは毎日実家の周りを1時間散歩をしていました。

そして38週と1日。

陣痛が起こり、ついに出産となりました。


つづく


にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村



ブログの名前



ブログの名前について。

『ペンギンくんの成長記録』とは?


息子の事をみてお友達に言われました!


ペンギンみたいだよね〜♡

と(笑)


その方、ブログ村のランキング上位の方なのでお仲間さん達の中では有名だと思います。
(これはのちのち発表する?かな?w)


でも何気に気に入ってます。

うちのペンギン(笑)



髪型のせいかな?


て事で親子の日々の出来事を書いていきたいと
おもいまーす!


にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村




はじめまして!!


2014年2月25日am3:52
2920gの男の子♂を無事出産致しました!

予定日よりも2週間早い38w2dで出産。
初産にもかかわらず、産院到着後4時間で産まれてきてくれた坊ちゃん。

やっと会えた!!

すごく嬉しかったし、すごく幸せでした。

ですが、その1ヶ月後
ダウン症の疑いを告知されました。

それはそれは、人生最大の衝撃を受けました。

なんで私が・・・
なんでこの子が・・・

私の人生、終わった。


なーんて

現在1歳4ヶ月
可愛くて可愛くてしょうがない我が子ww

まさかこんな日がやってくるなんて
1ミリもw思ってもみませんでした。

ただただ暗い毎日を過ごしているなか、同じダウン症のお子さんを育てていらっしゃる方達のブログを読ませてもらい勇気をもらったり、ダウン症についての知識を学ばせてもらいました。

とても助けられました。
私がこんな風になれたのも検索魔となった日々に出会ったお仲間さん達のブログ。

私も誰かのお役に立てるように?立つかな?
自信はないけど(笑)

坊ちゃんの成長記録、日々の事などを綴りつつ、いろんな事を共有できればいいなと思ってます。

ここまでくるのに結構時間がかかりましたし、まだまだ悩むことはありますが。。。

そんな事も記録として思い出として残していけたらと思ってます。

面倒臭がりな性格なので更新はまちまちになるかもしれませんが、ゆる〜くやっていきたいなと思っています。

ダウン症児の母になった私。
これからも、どうぞよろしくお願いします!




はじめまして僕がペンギンです!w



にほんブログ村 子育てブログ ダウン症児育児へ
にほんブログ村





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。